イータイコト・イータイ

怪獣とヒーローと任天堂が好きな20代男が言いたいことを言いたいように言うブログ。

“多様性を否定する人”を否定しなかった、『スター☆トゥインクルプリキュア』という作品。

『スター☆トゥインクルプリキュア』ボーカルベスト

 

 

『スター☆トゥインクルプリキュア』(以下スタプリ)が、終わりました。

 

自分にとって、プリキュアを1年間リアルタイムで毎週追い続けたのは『Go!プリンセスプリキュア』以来、実に3年ぶり。

 

結果から言うと、大満足でした。笑って、泣いて、とても充実した1年間でした。素晴らしい作品でした。

 

私が本作を素晴らしいと思う点は、大きく2つあります。それは“出会いによって視野を広げること”と、“多様性”の問題。この2つを丁寧に描いてくれたからです。

 

 

 

■“出会いによって視野を広げること”

 

ひかるとフワの出会いから始まった『スタプリ』。ララ、プルンス、えれな、まどか、ユニたちとの出会い。様々な星の、様々な価値観の人々との出会い。

 

『スタプリ』は、1年を通してひかるが色んな人たちと出会い、自分の世界を、宇宙を広げ、イマジネーションを育てていく様子を丁寧に描いてくれました。

 

ひかるだけではありません。ララも、えれなも、まどかも、ユニも。敵であるノットレイダーたちも。異なる価値観の人たちとの出会いが、自らの視野を、心の宇宙を広げていくことを知り、他者を認めていく物語でした。

 

ひかるは人と何かをするよりも、自分ひとりで好きなことに没頭するのが好きな娘でした。しかしプリキュアになり、仲間と出会い、様々な星で様々な人と関わることで、誰かと一緒に過ごすことも楽しく感じるようになりました。宇宙船でのパジャマパーティ回でそのことを嬉しそうに語るシーンが印象的でした。

 

ララはAIや効率を重んじる性格でしたが、地球での生活を通し、それ以外にも大切なことがあると学びました。そのことで、コンプレックスだった母星・サマーンでの人間関係も変えることができました。そんな彼女を見て、宇宙船のAIやサマーンの人々も変わっていきましたね。

 

えれなはシリーズ終盤までわりかし完璧超人に見えたのですが、実は一番闇が深い娘といっても過言ではありませんでした。家族に縛られ、笑顔に縛られた娘でした。2度の個人回を経てもトゥインクルイマジネーションに覚醒しないという衝撃の展開もありました。家族から離れられず、今まで大事にしてきた笑顔の裏に隠れた偽善に苦しむ終盤の彼女の姿は、個人的に『スタプリ』で一番辛い展開だったかもしれません。しかし、そんな彼女が「それでも家族が好き」「それでも笑顔を大事したい」という結論に回帰できたのも、ひかるたちとの出会いと冒険があったからでした。

 

まどかはえれなとは違う意味で家族に、特に父親に縛られた娘でした。父からの期待と、名門の家の看板の重圧。父の言うことが絶対という人生。そんな彼女が自らの思いを大事に、自ら考え、決断するようになったのも、ひかるたちとの出会いがあったからでした。

 

ユニは母星である惑星レインボーの再生のためには手段を問わない復讐の鬼(そこまでか???)として登場しましたが、ひかるたちとの出会いを経て他者の心に気を配れるようになりました。その結果、仇であるアイワーンの怒りと悲しみに気づくことができ、復讐の負の連鎖を断ち切ることができました。

 

終盤、彼女たちは12星座のプリンセスや蛇使い座の想定を越える力を発揮します。

 

“出会いによって視野を広げること”。このテーマを1年間丁寧に、みっちり描いてきたからこそ、私たち視聴者も彼女たちが神をも越えるイマジネーションを発揮する展開に納得ができました。

 

 

 

■“多様性”の問題

 

そして次に“多様性”の問題です。

 

“多様性”は『スタプリ』の根幹ともいえるテーマでした。レギュラーとしては初の褐色の肌をもつプリキュア・えれな(キュアソレイユ)の存在。毎週登場する様々な価値観、姿の宇宙人たち。

 

“多様性”は、今日、世界のエンタメ作品において最も重視される要素といっても過言ではありません。

 

スター・ウォーズ』はスカイウォーカーの物語から脱しましたし、MCUにいたっては人間から宇宙人、神話上の神、アライグマから、喋る木など、メンバーは実に多種多様です。メインキャストのほぼ全員を黒人が占めた『ブラックパンサー』が高い評価を得たのも記憶に新しいところですね。

 

 しかしこうなってくると、“多様性を否定する人”というのが、物語上においても現実の世界においても、“悪”になってしまいます。

 

「“多様性”を大事にすること=“多様性を否定する人”を否定する」という図式が、どうしてもできてしまいます。

 

自分の中では、「“多様性”が大事なら、“多様性を否定する”のもまた、多様性の一部なのでは?」という疑問が、昔からありました。まぁこれは難しい矛盾と言うか、禅問答と言うか、これという答えはない問題なのですが。

 

私が『スタプリ』の優れていると思う点は、この“多様性”の問題にあります。

 

『スタプリ』は、“多様性を否定する人”を否定しなかったのです。

 

ひかるは人と関わることの素晴らしさに気づきましたが、本作はそれ以前のひかるの生き方を否定しません。ひとりで好きなことに没頭することも素晴らしいこととして描きました。

 

ララもAIに初めから頼る自分を見つめ直しましたが、AIによって(地球人から見れば)自堕落になったサマーン星人がみんなだらしないのかというと、そういう描き方はされていません。正しく使えばAIはより良い世界を創れるのだという描き方をされています。

 

えれなも家族と笑顔に縛られましたが、結局のところ彼女の最も守りたいものは家族と笑顔であり、彼女が立ち直るのもそのことに気づいたからです。


まどかを最も苦しめたのは父でしたが、では彼女の父が悪い人なのかというとそうではありません。まどかの誠実な人柄や責任感の強さもまた父から受け継いだものであり、最終的には父と良好な関係に戻っています。

 

極めつけは、ラスボスであるダークネストこと蛇使い座のプリンセス。

 

イマジネーションが宇宙を破滅に導くとして、宇宙の消去に動いた元スタープリンセス。“多様性を否定する人”の権化のような人物。

 

『スタプリ』は、彼女をも否定しません。

 

勿論、彼女のしようとしたことは止めますが、彼女を消し去ることはしませんでした。

 

「消すわけないじゃん」というひかるの優しい言葉が印象的です。

 

そして、蛇使い座は負けを認めつつも、ひかるの主張にやはり間違いがあると判断すれば、再び宇宙の消去に動くと言い残して去っていきます。

 

『スタプリ』は、“多様性の否定”をも“多様性”の一つとして認めたのでした。

 

これ、実はとんでもなく凄いことだと思います。

 

 

 

■そしてプリキュアはつづく

 

『スタプリ』が描いてきた物語は、間違いなく私が生きる上での糧となりました。

 

久しぶりに1年を通してリアルタイムで応援したプリキュア。「そうだよな、プリキュアを1年観るのって楽しいよな」ということを思い出させてくれた『スタプリ』。

 

すっかりスタプリロス状態ですが、プリキュアとの別れは新たなプリキュアとの出会いでもあります。

 

明日から始まる『ヒーリングっど♥プリキュア』。彼女たちの物語もまた、少女たちに夢と希望を与え、多くの人にとっての生きる糧となりますように。

 

 

 

 

ヒーリングっどプリキュア キュアタッチ変身ヒーリングステッキDX

ヒーリングっどプリキュア キュアタッチ変身ヒーリングステッキDX

  • 発売日: 2020/02/01
  • メディア: おもちゃ&ホビー